最終更新: 2008/08/30 15:25

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Inside America

アメリカ政治報告

(This report is also available in its original English version.)

ジョージ・パッカード氏

ジョージ・パッカード氏略歴
国際大学学長、ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)教授、
アジア財団理事、日米財団会長

1956年駐留米軍少尉の時、初来日。東京大学社会科学研究所に留学。63〜65年ライシャワー駐日米大使の特別補佐官。79年からワシントンのジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院(SAIS)学長を務める。94年4月新潟県南魚沼郡大和町の国際大学学長に就任。98年3月日米財団の会長に就任。米国を代表する知日派の1人。

パッカード・レポート12月

ワシントンは再び、2つの矛盾に包まれ、新年を迎えることになった。経済の好調ぶりに楽観を感じている一方で、差し迫る大統領の弾劾裁判に悲観している。どちらも信じがたいと言う人がほとんどが、これは現実に起きている。

一方、政界の中心から少し離れると、人々は無関心に近い。世論調査の結果によると、国民の3分の2は大統領を許しても良いと考えている。特に支持をしているわけでもなく、経済に影響しないとあれば、大統領が退任に追われても、さして感情的にはならない。過去にいかなる問題があったとしても、ゴア副大統領は良き代人が勤まると考えられているため、'99年早期に大統領が交代し、2000年の選挙に向けてゴアの力が増すことを内心望んでいる民主党員もいる。

上院議会による弾劾裁判は実際に行われるのか? まだ確かではないが、予想によると、審理は始まり、数日間にわたって行われ、憲法に定められている要項を満たす手段が取られる。その後、民主党員と穏健な共和党員、合計約60人の上院議員は、けん責という妥協案に合意すると考えられる。その場合、退任後の起訴はなく、弾劾決議も取り消されるという条件が加わると考えられる。

単刀直入にいうと、アメリカ国民は党派に関わらず、モニカ・ルインスキが全国テレビで、大統領が体のどの部分に触れたかなどについて証言する姿を見たくない。裁判中は口を封じられている上院議員も、このようなことになれば、議員の尊厳を傷つけるものになると理解している。

しかし、それならば、なぜ国民の3分の1が大統領の辞任または解任を求めているのか? 理由は、アメリカ政治の表面下に繰り広げられている文明戦争にある。

ほかの国と違って、アメリカは、1つの観念の元に創立された国だ。最初の移民者は、「神の王国」を探し求めるため、ヨーロッパからアメリカへ逃げた。その時彼らは、王室、戦争、独裁支配等の汚れた世界を捨て、民主主義、平等性、そして自由を約束してくれる新たな道徳性を求めた。中でも、リーダーとなる人は高いモラルを持ち、宗教深いことが絶対条件だった。大統領は最高指揮者として、最も高いモラルを持つのが当然だと思われていた。ジョージ・ワシントンは見事に人々の期待にこたえ、今でも高く評価されている。ワシントンの後に続いた大統領も同じく、並みの人間より高いモラルを持っていなければならなかった。(実際、そうではなかった人も大勢いたが...)

この考えは、第2次世界大戦後も生き残り、大きな転換期となった'60年代まで続いた。反戦運動が巻き起こったベトナム戦争中の1965年ごろ、3つの革命が繰り広げられた。黒人の公民権運動、若者による性的自由(妊娠中絶)及び覚せい剤使用を含む、より開放されたライフスタイルを求める運動、そしてリベラル派による反戦運動。この3つの運動が、この時期に成人を迎えたビル・クリントンのような、いわゆる「ベビーブーマー」に大きな影響を与えた(これで、なぜクリントンが女性、黒人、リベラル派に絶大な支持を受けているかがうなずける)。1973年、新たな考えを持ち始めた人々は、アメリカ政府及び社会のすべての悪い部分を象徴していたニクソン大統領を敵視することになった。彼らにとってニクソンは悪党だった。

一方、伝統的な考えが変わらなかった年齢層の高い保守派は、ニクソンが辞任に追われる姿を見てひどく傷ついた。そして、静かに復しゅうの時が来るのを待っていた。初めて徴兵の義務を怠った大統領として、クリントンが誕生したとき、保守派はニクソン大統領の敵を討つ構えに入った。

クリントン大統領もモニカ・ルインスキと関係を持ったことで、自分で自分のクビを絞めた。強硬な保守派は今こそが復しゅうの時期と確信した。しかし、共和党の中でも、モラリティーより、健全な政治を追求する比較的穏健な議員もいる。 これらの穏健派が民主党員と手を組み、上院による裁判を阻止し、何らかの妥協案を見出すであろうと考えられる 。クリントンは大きな打撃を受けながらも生き残る。2000年に注目が寄せられる。

−ジョージ・パッカード

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