2005年11月3日(祝)放送
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理容師の大越さんが、水槽の中でふ化させ、2004年12月に沖縄の海に放流したクマノミは、残念ながら自然の中で生き延びることができなかったのですが、2005年6月、2度目の放流に挑み、見事、定着に成功しました。

東京・練馬のある理容室、店内には水槽が所狭しと並んでいる。
経営者の大越 浩さんは、4歳の娘、汐音(しおん)ちゃんに「命の大切さを教えたい」と、カクレクマノミを飼い始め、丹精込めて育てているうちに、偶然にも、人工では大変難しいとされるふ化に成功した。

クマノミは、映画「ファインディング・ニモ」で一躍有名になったことにより乱獲が行われ、生息数が激減している。
そのことに心を痛めた大越さんは「なんとか海にクマノミを戻してあげられないだろうか」と考え、「稚魚の放流」という大きな挑戦に乗り出した。

10月下旬、2005年6月に放流した稚魚の成長した姿を確かめるため、大越さんは、石垣島へ飛んだ。
石垣島で10年以上ダイバーをしている小島葉子さんは、大越さんの活動を支える仲間の1人。
放流は「自然回復」を願って始めた活動だが、その難しさから、無計画な放流はかえって環境破壊につながる可能性があるため、小島さんは、放流の際に一番気にかけていた。
小島さんは「生態が崩れてしまうとかありますよね。小さな魚が減ってしまうとか」と話した。

「生態系を傷つけない」細心の注意のもと、大越さんは、2004年11月に初めての放流に挑んだ。
しかし、水深およそ8メートルの外海では、潮の流れが速く、外敵が多かったことなどから、数カ月の後に、稚魚たちは姿を消した。

その時の失敗から教訓を得て、2005年6月、小島さんは天然のクマノミが生息していないイソギンチャクを探し出し、水深3メートルから4メートルの浅瀬に放流を試みた。
小島さんは「(天然のものは)前はすごくいたんですけど、映画で有名になってからは、激減しました」と話した。

小島さんは、放流以来、定期的にクマノミの様子を観察し続けていた。
大越さんは「やっとクマノミが泳いでいる海に来ることができましたが、この目で見るまでは安心できないですよね」と話した。

小島さんにガイドされ、クマノミを放流したイソギンチャクをのぞいてみると、そこには4匹のクマノミの姿があった。
放流から5カ月、体は3倍近く大きくなり、しま模様も鮮やかになった。
人口ふ化のクマノミは、すっかり自然界に定着していた。
大越さんは「感激です。会えました。感動しました」と話した。
そして、別の放流ポイントでも、生存数はわずか1割と、決して多くはないが、小さな命は確実に石垣島の海に根付いていた。

さらに、今回、大越さんは、新たに放流するクマノミを東京から連れてきていた。
汐音ちゃんの通う幼稚園に展示されていた稚魚たちは、園児たちの応援を受け、大海原に放たれた。

生き物の命を左右する放流に対し、専門家の間で賛否はさまざまだが、今回、確かな手応えを感じることができた大越さんは、ライフワークとして、この活動をずっと続けていきたいと話す。
大越さんは「石垣の血を受け継ぐクマノミたちですから、本来の海で子孫を増やして、たくましく生き続けてくれたら、こんなすてきなことはないですからね」と話した。


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