2005年9月23日(金)放送 「全日本ロードレースに13歳で参戦」
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天才少年レーサー・中上貴晶君。2003年に取材した時には小学校6年生で、ミニバイクのレーサーでしたが、今や日本最高峰のレースで大人たちを相手に見事な走りっぷりを見せるまでに成長しました。

ミニバイクレースで数々のコースレコードを打ち立ててきた中上貴晶君は2004年、12歳で125ccにステップアップし、優勝を重ね、たった1年で国際ライセンスを取得した。
2005年6月、日本の最高峰・全日本ロードレース選手権に史上最年少の13歳で参戦し、いきなり7位に入る快挙を成し遂げた。

そんな貴晶君は、千葉県に住む中学2年生で、どちらかというと小柄な体形。
貴晶君は「(牛乳は)身長が伸びるために、毎日ずっと飲んでいます」と話した。

この日は、家族みんなで、次の全日本のレース会場となる宮城県に向け出発した。
高速道路を使わない理由について、母の由比子さんは「けちけちコースで、高速を使わない分、1本でも多く練習できればいいなと思って」と話した。
サーキットでの練習走行費を捻出(ねんしゅつ)するため、千葉県から宮城県のおよそ400kmの一般道で向かった。

貴晶君の強力なサポーターは、なんといっても両親。
バイクセッティングを行う父の信悟さん。
マネジメントから応援団まで務める母の由比子さん。
貴晶君のバイクは、ほかの選手のものと違って、まったくエンジンを改良していない。
次の日も朝早くから練習だが、節約のため、今回も車の中で眠る。

全日本ロードレース選手権第5戦決勝で、貴晶君は予選を絶好調の5位で通過した。
貴晶君は「(予選は)一番いいですね。できるところまで行くしかない。(目標は)優勝で」と話した。
予選を通過した選手の多くは30歳代で、貴晶君の小ささはひときわ目立つ。
レースには重量規制があり、体重が軽い貴晶君は、およそ10kgの重りを着けなければならない。

前方2列目の第5グリッドからスタートした貴晶君は、アグレッシブな走りを見せた。
3週目には自己ベストを記録し、ラップタイムでも1位に躍り出た。
しかし、前後のバイクが貴晶君のバイクを挟んでしまい、逃げ場がなくなり転倒、バイクが破損しリタイアとなった。

貴晶君が受けられなかったチェッカーフラッグが振られ、レースが終了した。
落ち込む貴晶君に、由比子さんは「体は大丈夫? 終わりなの、もうこれで。もうレースやめなよ、じゃあ」、「まだまだ先があるでしょ」と声をかけた。
信悟さんは「厳しさをどんどん経験していって、強い男になってもらいたい」と話した。
貴晶君は「練習してトップクラスと戦えるような力をつけたい」と話した。
少年レーサー、中上貴晶君の挑戦はこれからも続く。

今回は残念な結果となった貴晶君だが、24日と25日に鈴鹿で開催される全日本ロードレース選手権第6戦に参戦することが決まっている。


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