最終更新: 2008/12/05 21:08

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帰ってきた矢部ちゃんのカメラマン日誌

カメラマンのつぶやき

再開カメラマン日誌第1回は、菊池カメラマンの取材日記です。
みなさんの周りには飛行機が苦手な人はいませんか。 実は菊池君もその1人です。
そんな彼が、くしくも体験する羽目になった恐怖の取材とは…

2001年3月14日 飛行機の苦手な菊池カメラマンの急降下実験取材

 2001年1月31日。日本航空機同士によるニアミス事故発生。
 片方の機が衝突を避けようと急降下したため、シートベルトを着用していなかった乗客や客室乗務員が機内の壁や天井に体を打ちつけるなどして、多くの負傷者が出ました。事故当日、私は日本航空本社で記者会見の取材をしており、関係者から次々と明らかにされる事故当時の様子を聞き、背筋が凍る思いでした。
 実は私は飛行機の揺れが大の苦手なのです。
 気流の影響で機体がわずかに上下しただけでも体が硬直してしまうほどです。急降下した日航機の機内は無重力状態だったそうで、飛行機の振動が苦手な私がもし事故機に乗り合わせていたら、と思うと…。

 数日後、機長らの事情聴取などから事故当時の状況が生々しく明らかにされ、スーパーニュースではニアミス事故の再現検証を放送することになりました。
 そして、撮影デスクから私の元に1本の電話。
 「菊池君、急降下実験の取材やってくれるかな? 危険な取材だから撮影デスク的には撮影を中止するよう申し入れたけど、結局やるみたい。(中略)よろしくね」
 「は、はい。了解しま、した。…!?」

『急降下』、『急降下』、『急降下』…

『危険な取材』、『危険な取材』、『危険な取材』…

 デスクの言葉が頭の中でこだましました。撮影担当者が決まった直後に、フジテレビによって私に生命保険が掛けられたことを知り、ますます緊張度アップ。「もう引き返せない、やるしかない」と自分に言い聞かせながらも撮影機材を準備する手は震えていました。

担当の中地ディレクター

 数時間後、飛行場に到着。実験機に乗り込む機長らスタッフ、急降下を実況リポートするスーパーニュースディレクターと私とで飛行前のミーティング。
「急降下して無重力状態になった時、かなりの不快感があるので覚悟するように」
「シートベルトで体をきちんと固定するように」
 諸注意があり、とうとう離陸の時間。私は思わず手のひらに『人』の字を書いて飲み込みました。ディレクターも私も顔色が青くなっていき、緊張、不安、恐怖感それぞれピークに達しました。

 離陸して数十分後、「それでは、実験を開始します」と機長がわれわれに伝えると、まもなくして機体は一気に急上昇。体が何かで圧迫されているような感じが続き、水平飛行になったと感じた途端に今度は急降下。上昇時とは逆に内蔵が体から弾け出そうな何ともいえない不快感。例えるならば、エレベーターやジェットコースターが降下する時の数十倍の気持ち悪さ。機内は無重力になったのでしょう。シートベルトで固定していたはずの体もふわぁーっと持ち上がってしまいます。
 あまりの恐怖に思わず目をつむってしまいそうになりました。が、私の仕事はカメラマン。目をギュッとつむってリポートしているディレクターの表情を撮影しようと必死でした。機体はやがて水平飛行になり、機長から実験終了を告げられると、私とディレクターは、これまでの生涯で間違いなく一番の笑顔で握手し、無事終了したことを喜びあいました。

 

 局に戻ってその日のスーパーニュースを見ました。急降下実験リポートの放送時間はわずか数十秒ほど。
 命懸けともいえる取材だったのにたったの数十秒…!?
 しかし、普段ではできないような体験をし、さまざまなことを今回の取材で学ぶことができたので自分なりには満足のいくものでした。これからも、視聴者の方が「知りたい」、「見てみたい」を映像にしていけたらと思います。

 最後に、このページを最後まで読んでくださった方に急降下を体験した私からとっておきのアドバイスを送らせていただきます。飛行機にお乗りになり、お座席にお着きの際はシートベルトを腰骨の低い位置にしっかりとお閉めになり、また、ベルト着用サインが消えましても突然の揺れに備え、常にベルトをお閉め下さい。また、お手荷物はお足元あるいは所定の手荷物入れへ収納して下さい。Thank you!

取材撮影部
菊池誉啓

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