
帰ってきた矢部ちゃんのカメラマン日誌
カメラマンのつぶやき

深刻な戦争ニュース取材の話の後だと、どうもマヌケな感じですが、今回は「空振り」の話です。
ニュースカメラマンの取材というのは、何かが起こったという第一報が入った時点で、もう動き出さなければなりません。必然的に「大ニュースかと思って現場に向かって飛び出しては見たけれど、いろいろな情報を整理してみると、実はニュースというほどの話でもなかった」…などということもしばしば起こるのです。
そこで今回は、そんなズッコケの記録をご紹介します。報告はFNNでも一、二を争うズッコケ・カメラマン(?)、石井博之くんです。。

2003年7月2日 万景峰号、入港?
北朝鮮による拉致(らち)問題、核開発疑惑など、さまざまな問題が持ち上がっている中、日本中の注目を集めているのが北朝鮮の貨客船、万景峰(マンギョンボン)号です。われわれスーパーニュース取材班は今回、この船の取材、そして北朝鮮拉致被害者家族の動向、周辺取材などを行うためにかなり大規模な陣営で臨むことになり、万景峰号の新潟港入港予定日の6月9日に向けて、前日に東京を出発することになりました。
6月8日日曜日、朝から機材室で出発の準備です。出張予定は3泊4日。このくらいの出張となると、各班それぞれ結構な量の機材を持って行かなければなりません。いかにコンパクトにまとめるか、機材の選択には毎度のことながら悩まさせられます。
今回は報道ENGクルーとして取材撮影部から5班出動。カメラマン、VE(ビデオエンジニア)1班2人態勢ですから、われわれカメラチームだけでも10人も行くことになります。これだけの人数でそろって出張取材に出るというのは、うちのニュース取材では結構めずらしいことです。それだけ国民もマスメディアも関心のあるニュースなのだとあらためて痛感しました。
午前11時すぎ、3台の1ボックス車に分かれ機材室を出発。東京駅に向かい、東京駅からは、新幹線で新潟駅まで移動するのです。われわれを待ち構えている取材の数々を思い浮かべると、ついつい気合が入ってしまいます。いかんいかん。今から入れ込み過ぎては到着するころには疲れてしまう。というわけで、目を閉じているうちに知らず知らず車中ではウトウト。気が付くと車はもう東京駅に着いていました。
われわれが機材を降ろすと、3台の車は「行ってらっしゃい!」という元気な声とともに帰って行きました。その後ろ姿を見送りつつ、「よっしゃ行くかー」と掛け声をかけ、みなそれぞれに重い機材を持てるだけ持ち、新幹線の乗車ホームへ歩き始めました。先にも述べたように機材はかなりの数。しかも1つ1つが手に肩にずしりと重く、気合の1つも入れないとやっていられません。ふと、車であのまま新潟まで行けたら、などという甘い夢想が頭の中をよぎります。
ようやくホーム到着。フゥーーーーーーーーーーー。日曜日の昼間という時間帯だったので混雑もそれほどではありません。これなら何とか座って行けそうです。まずはひと安心。
そうこうしているうちに、新幹線がホームに滑り込んで来ました。ここからが勝負。新幹線の車内はご存知の通り、特に広いスペースがあるわけでもないので、数多くの機材を素早く電車の中に詰め込まなくては! 限られたスペースにてきぱきと収納。全部の機材が無事に車内に乗ったことを確認した時には、安心感と疲れから肩の力が抜けました。
機材の見張り役として、後輩スタッフ1名だけはデッキで脚立に座るはめになりましたが、ともかくも、われわれの乗った新幹線は新潟に向け順調に走り出しました。車内では、これから始まる取材までのしばしの休息時間となります。みなそれぞれ思い思いにのひとときを過ごします。資料に目を通す者。本を読む者。音楽を聴く者、などなど。
ちなみに私は資料を読もうと思っていたのですが、いつのまにか爆睡していました。
ふと目が覚めると、もう窓の外の景色は山並みが多くなっていました。乗車してからすでに2時間半以上。さあ、いよいよ新潟到着だな!…と思った矢先、同行のディレクターの人がボソッとつぶやいたのです。
「万景峰号が北朝鮮を出港していないかも知れないという情報があります」
はあ? まあ、冷静に考えれば、今回の万景峰号の入港には、今まで以上の世論の注目と行政の厳重な警戒が待ち受けているわけで、北朝鮮側も当然この事態を懸念しているはずでしょうから、予定どおり入港しないこともあり得る状況ではあります。でも、その時にはまだ「まさかそんな」という感じで、あまり深刻には受け止めていませんでした。
新幹線は、新潟駅に定刻どおり到着。さあ、また機材を持って移動です。新潟駅のホームからタクシー乗り場までの距離がまたメチャメチャ長い!! 電車移動はつらいなあ、とつくづく思いました。
駅から宿泊先のホテルに移動し、チェックインが済むと、各自、取材先のロケハンに移ります。船の上からの撮影を予定していた私は小泉キャスターと同行。洋上中継を受け持つのチームとともにチャーターしている船のある場所までタクシーで向かいました。
寝不足は船酔いにつながるよなあ...などと思っていたせいか、短時間の移動なのについウトウト。気が付くとそこはもう港でした。検問のすごさに、われわれを待ち受ける厳しい取材が予想され、気分が高まります。。
港でわれわれを待っていたのは、なんと、およそ12人乗りの立派な船。僕のイメージでは、失礼ながら漁船のような船だと思っていたので、クルーザーのような立派な船体にすっかり驚いてしまいました。
船を手配してくれた方とわれわれ取材班で、明日の中継準備の打ち合わせが始まりました。その時です。小泉氏の携帯電話が突如鳴りました。神妙な顔つきで長々と話しています。うーん。ちょっと嫌な予感…。
電話を切った小泉キャスターが、放送で聴くのと全く同じ冷静な声で、これまでに入っている情報と今後の取材態勢を淡々と発表し始めました。
1. 肝心の万景峰号が北朝鮮を出港していない。
2. 今回来た5班のうち2班は、引き続き新潟での取材を担当する。
3. ほかのクルーはすぐに東京に戻る。
ちなみに私は、「東京戻り」組でした…
はあぁ。新潟に着いてからまだ1時間も経っていません。ニュース取材では、予想をくつがえすような状況の変化がつきものだとあらためて思い知らされました。来た時は気分が高揚していたせいか大した距離に感じませんでしたが、港を歩いて車に帰るまでの道のりはとても長く感じられました。
さっきチェックインしたばかりのホテルの部屋から荷物を出してロビーに集合。夕食でも食べて東京に帰ろうということになり、新潟駅近くの料理屋にみんなで向かいました。ここは、新潟にくわしい高畑カメラマンから聞き出しておいたイチオシのお店です。こんなところまでしっかりリサーチしてあったのに…。さすがに下調べのかいあって、魚もお酒もとってもおいしかったです。でもあんまり楽しそうにしている写真を載せると「あいつら何しに行ってきたんだ」と後ろ指さされかねませんので、ここのところはお料理の写真だけ。
そんなわけで、帰りの新幹線の中では、わきあがる思いを美酒美食の余韻とともにかみ締めつつ、深い眠りについたのでした。
次回はぜひとも、もう少し中身のある取材日誌を書きたいと願う今日このごろです。あしからず。
取材撮影部 石井博之
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