
帰ってきた矢部ちゃんのカメラマン日誌
カメラマンのつぶやき

先日、フジテレビでは、日本最南端の島、沖ノ鳥島の取材を行いました。
この島を「岩」とみなす中国政府が、事前通報なしの海洋調査をこの島周辺海域で相次いで行ったり、それに怒った石原都知事が「日本の経済水域を実証する」ためのアイデアを打ち出したりと、最近話題の島です。
今回は、この取材にあたった、「飲む・打つ・買う」の三拍子...、じゃなかった「撮る・潜る・書く」の三拍子そろった山岡カメラマンによるカメラマン日誌です。

2005年5月23日 沖ノ鳥島に行ってきました
「地元名産の土産くれ!」などと抜かした人はさすがにいなかったが、「どこだっけ?」という答えは結構あった。
「尖閣諸島でしょ!?」
「竹島の近くだっけ!?」
う〜ん...、位置は全然違うが、他国からイチャモンつけられている島という点では共通している。尖閣諸島は東シナ海、竹島は日本海、そして私が今回訪れた沖ノ鳥島は太平洋にあり、東京からは約1,700km! 東京都であるにもかかわらず、日本最南端の島なのである。
数年前、わたしは沖縄の波照間島を訪れた際、「日本最南端の碑」の前でピースしながら記念撮影をした。しかしこれは、人が住んでいる島では最南端ということ。無人島では、沖ノ鳥島がダントツで南に位置している。日本で唯一、北回帰線より南にあるという。台湾やワイハー(ハワイ)より南だというからオドロキ。
ここでちょっと雑学。日本最北端は北海道、最西端は沖縄・与那国島、最東端は南鳥島という島(東端なのに南の名)で東京都に属する。つまり日本の最東端と最南端は東京都!
ということになる。(5へぇ〜〜〜ぐらい??)
そんな沖ノ鳥島には空港はない。船の定期便もない。訪問するためにはチャーターの船舶で片道2日半!! とてつもなく長い船旅となるのダ!!!!
今回の取材の内容は、「沖ノ鳥島民間調査団」の同行取材である。主催したのは、日本財団さん。あらゆる分野の研究者が数多く集合し、民間による調査団を結成、マスコミも1社につき3人まで同行が許された。国土交通省担当の工藤記者、後輩の中島カメラマンと私の3名がフジテレビのスタッフである。調査目的は簡単に言えば、「島が沈まないためにはどうしよう?」である。護岸工事を終え、コンクリートに囲まれた島の映像や写真はよく見かけるが、あれは東小島、あるいは北小島という島で、ニンジンを横にしたような環礁の中に点在している。この環礁全体が「沖ノ鳥島」なのである。サンゴなどを育て、環礁全体を隆起させようという壮大なプロジェクトだ。また、海水の温度差を利用した発電システムなども研究されている。この島を守るべく、研究者の方々が調査視察に乗り出したというわけだ。さて、その長い船旅だが、重要な事を1つ忘れていた。現地にホテルがあるはずはない。ってことは、現地でも船で宿泊?!
7泊8日丸々船中泊だ!!
-----まぁ〜じぃでぇ-----
出発前、船酔いを覚悟する山岡カメラマン
わたしの船旅経験では、数年前に乗船した小笠原丸の28時間(今は25時間らしい)が最長記録。それをはるかに上回る船生活! どうしよう!?
最近でこそ船には慣れたが、元々わたしは「チョー船酔い野郎」だったのだ。ゲロゲロの日々がよみがえり背筋が凍ったが、
-----どんなにツラくても行ってみたい!-----
開き直り、覚悟を決めて乗船した。
3月25日朝10時に北九州の門司港を出航した航洋丸(日本サルヴェージさん所有、約2,500トン)は、意外にも往路は実に快適な旅であった。揺れてはいるが許容範囲内で、腹は減るし酒はうまいしで、「食っちゃ寝ぇー、飲んじゃ寝ぇー」の生活であった。朝食後、ウトウトしていると「昼食の準備ができました」の放送が入り、食堂に向かうという日々、ある意味最高にぜいたくな日々。船は常に揺れているため、自然と体は力を入れている。意外と体力を消耗しているようで、実によく腹が減る。飯がうまい!!
飯がうまいのは腹が減っているせいだけでなく、調理師の腕がいいから。都内の一流を気取ったレストランなんかより絶対うまい!
たぶん。そんないいレストラン行ったことないからわからないが、間違いない!(と思う)。
養殖魚のような生活もかれこれ2日半、出航して64時間後の3月28日午前2時ごろ、「沖ノ鳥島到着!」の放送が入った。甲板に出てみたが、辺りは漆黒の闇。目が慣れると、月明かりで「観測所」と呼ばれている施設が浮かび上がった。写真で見たあの施設だー!! だが「楽しみは夜明け!!」っーことで、寝床に就くことにした。
朝6時、行動開始。環礁の外に停泊した航洋丸から小型ボートに乗り換えた。上陸作戦の開始である。
報道各社、ボートに積めるだけ機材を積んで、環礁内へ向かう。美しくも荒々しい波とうねり。ボートの上は海水のシャワー状態。中島カメラマンは、ボート上で撮影しながらの航行だったが、レインカバーだけでは防ぎきれないほどの潮をかぶっていた。
--こりゃマズい-----
撮影するのは当然だが、ここは自粛するよう諭した。私もカメラマンの端くれであるから、撮りたい気持ちは痛いほどわかる。しかし、ここでカメラがポシャってしまえば、2日半の道中が全くの無駄になる。ここは、はやる気持ちをおさえるべきだ。
やがてボートは環礁内に突入、少しは波がおさまるかと思いきや、相変わらずの荒海。絶海の孤島の大自然は、かなり厳しい。
おか酔いにへたりこむ山岡カメラマン
サンゴ調査チームの水中撮影を行ったあと、いよいよ東小島上陸。この島には小型ボート1隻が接岸できるくらいの人工の岸壁があり、そこから上陸する。接岸すると荒波が小刻みに襲ってくる。ロープでボートを固定しても、行ったり来たりの繰り返し。近づく時がハンパじゃない。ボートが壊れそうになるくらい岸壁に打ちつけられるのだ。タイミングよく飛び移り上陸に成功した。上陸第1歩はゆっくり踏みしめ、喜びかみしめ、なんて考えてた私の思いは崩れ去った。その後、襲ってきたのは、いわゆる「おか酔い」。長時間の船生活だったため、揺れてない陸地にいても揺れている感じがする。実に不快。
とにかく、
-----やっとたどり着いた-----
ここまで長かったなぁ、などと達成感いっぱい。撮影は始まったばかりなのに、頭の中は終了モード。いかんいかん!
こんな島です
中島カメラマン、工藤記者と
2日間にわたり、調査シーンや島の自然、サンゴの水中映像などを撮影、予定していた島での行程は終了した。
29日午後6時、航洋丸は、北に針路をとった。もう少し滞在時間が欲しかったというのが正直な感想。今回、島に行った人たちの皆がそう思っているだろうが、こればかりは仕方のないこと。
-----また来たい-----
やり残しがあるからこそ! この気持ちが生まれる。「また来るぞー!」
船酔いに苦しむ山岡カメラマン
復路の船中は、往路よりも揺れが激しかった。そんな中、わたしは、またも飲みまくり食いまくりで、やがてマーライオン状態(もちろんW.C.内で、迷惑かけてません)。あれは、酒酔いだったのか、船酔いだったのか、いまだ謎である。そして相変わらずの「食っちゃー寝ぇー飲んじゃー寝ぇー」の連続であった。
沖ノ鳥島を出航して実に68時間、晴海港めざして東京湾内を航行していた時、フジテレビの社屋が徐々に大きく見えてきた。現実がゆっくり近づいてくる。最初は不安だったけど、実はちょっと楽しかった船生活も終わり。早く下船したい、でももっと乗っていてもいいかな、そんな複雑な気分。
-----また行きたぁーい!!-----
沖ノ鳥島は無人島だから沈んでもいいじゃん、なんて大間違い!
あの島が沈めば、排他的経済水域(漁業や資源開発できる海域)が狭くなる。あの海域で漁業ができれば、食卓に並ぶお魚の値段にも影響するだろう。決して他人事ではない、すべての日本人に関係はあるのだ。
冒頭にも書いたが、沖ノ鳥島は意外と知名度が低いようだ。これはわれわれマスコミにも責任があるのではないか。多く報道し、日本人1人ひとりが真剣に考え、島の再生のためにたくさんのアイデアを出せるような状況が望ましい。まぎれもなく日本の島!! なのだから。
取材撮影部 山岡 衛
最後に、日本財団さん、日本サルヴェージさん、看護士さんやほかのスタッフの皆さん、研究者の皆さん、マスコミ各社の皆さん、この場をお借りしまして御礼申し上げます。本当にありがとうございました。お疲れ様でした。
アーカイブ一覧へ
