|
|
|
|
南アジア地域協力連合の首脳会議取材で、初めてインドの地に降り立った。
インドは、大勢の人でごった返していて騒々しいというイメージを抱いていたが、街の中心街は想像以上に深緑豊かで美しかった。が、それでも日中の交通渋滞はすさまじい。道路上で車が止まったまま動かない。こちらが時間に追われて急いでいても、ドライバーは、終始マイペース。渋滞の最中道路のど真ん中で車を止めたまま、何かの支払いに行ってしまうこともあった。スタッフが急ぐよう催促するも、こちらの意図は、渋滞慣れした彼らには、まったく伝わらないようであった。
昼食をとろうとマクドナルドへ立ち寄った。おなじみのマクドナルドの“M”の看板の下には、小さな文字で「ファミリーレストラン」と書かれていた。
インドでは、普通のファストフード店という感覚はないらしい。メニューからは、インドならではのマハラジャバーガーを発見し、注文してみた。1つ59ルピー(約170円)。チキンバーガーのカレー味といったところか。スパイスが効いていてなかなか美味だった。再度訪れる機会があればもう一度味わってみたい。
今回の会議には、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、ブータン、モルディブ、アフガニスタンの国々が加盟している。
インド・シン首相主催による晩さん会では、最初の文化行事のみがカメラ取材を許可されて中に入ることができた。ここでは、各国の伝統民謡が順番に披露されていたが、すべて精度が高く、撮影しながらも見入ってしまった。中でもスリランカの“人間ゴマ”は圧巻で、足の指1本を軸にフィギアスケーターのように超高速回転。これには代表団からも惜しみのない拍手が起こっていた。
日本からは、麻生大臣がオブザーバーとして出席。中国の李肇星外相と会談し、北朝鮮の資金返還問題を早急に解決することで合意した。
次回からは、日本やアメリカ、中国に続いてイランもオブザーバーでの参加を求めていて、このサミットが、テロや核問題の新たな外交交渉の舞台になるとみられている。
|
|
|
何年前のことだったか、日本にいる時、先輩記者が話していました。
「首都を何もない『田舎』に移転させようとしてるんだぜ。ミャンマーって国は、何を考えてるんだか...」
それから月日は流れて、ことし3月、わたしはその「何もない首都」の地に立つことができたのでした。
「王都」という名の首都・ネピドーは、ミャンマーの中心地ヤンゴンから約320km北にあります。もともとは原野地帯。そこへ新しく街をつくり、すべての政府機関を移すという大事業が、2003年から本格化しました。「シムシティ」という街づくりゲームをしたことがある方も多いと思いますが、これを現実にやってしまったわけです。
徹底した「秘密主義」のミャンマーですから、遷都は、報道陣にはもちろん、外交的にも長い間公式発表されず、「公然の秘密」とされていました。それからおよそ4年、大半の公務員が移住し、政府機能の移転が完了したため、外国人記者に対して初めて公式に首都を公開したのです。
ヤンゴンから車で9時間かけて到着したネピドーはまさに「○○ニュータウン」といった風景で、団地のような公務員宿舎が無数に並んでいました。
官公庁の建物は近代的で、きれいなのですが、それぞれが数km離れた場所に点在しているため、移動は非常に不便です。爆弾テロに対する「安全上の理由」から、携帯電話のアンテナもなく、まさに「陸の孤島」です。しかも、この地域は、マラリア汚染地域で、殺虫剤は必需品です。
ミャンマー人を含め、誰もが「何でこんなところに?」というのが素朴な疑問。政府は「国内のどこからでもアクセスがいいため」と説明していますが、「軍政トップが占い師に相談して決めた」などといううわさも、まことしやかに流れています。
巨額の建設費を使って、遷都を推し進めたミャンマーですが、一般国民の生活は、いまだに「わらぶきの家、運搬は牛車」。そのギャップには衝撃を受けずにはいられませんでした。新しい首都の姿は、「アジア版北朝鮮」とさえいわれるミャンマーの象徴ともいえそうです。
|
|
|