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モンゴルでのゲル生活

9月5日から2日間にわたって、モンゴルのウランバートルで、日朝国交正常化のための作業部会が開催された。この作業部会では、拉致問題をはじめとする日朝間の懸案事項解決に向けた具体的な合意は得られなかったものの、日朝双方は今後もお互いに誠意を持って協議していくことで終了した。

しかし、わたしの出張はこれで終わることなく、モンゴルへ帰国中の朝青龍の取材へと続いた。長期間にわたった朝青龍の取材は、各支局のスタッフでローテーション態勢が組まれ、ウランバートルから400km以上離れたホジルトの治療施設が主な取材場所になった。

現地へ向かう途中、ドライバーは、道路脇に石を積み上げた“オボ”と呼ばれる場所へわれわれを案内した。ここは、旅の安全を祈願する場所で、3つの石を拾い、1周ごとに石を真ん中の塔に投げ込み、時計回りに3周するよう指示された。石を投げることにどんな意味があるのわからなかったが、道行く大勢の人々が同様に行っていた。大草原の中では、車が故障すると救助を呼べないことがよくあるので、祈願は真剣に行った方がいいと、ドライバーは真顔で語った。

実際に草原の中を走行してみると、道路というよりも、車のわだちがひたすら続いているだけの場所が多い。時折、わだち道路が二手に別れる場所もあり、標識も何もない中、車は迷うことなく進んでいった。こんな状況で、なぜ目的地の方角がわかるのかドライバーに聞いてみたが、「日本人にノウハウを教えるのは20年早い」と笑い飛ばされ、回答は得られなかったが、常に太陽の位置、遠くの山の地形、夜は星の位置を頼りに運転しているようだった。


現場のホジルトへは9時間かかって到着。街明かりのない大平原にホテルなどがあるわけもなく、キャンプ施設にあるゲル(遊牧民が使う移動式家屋)が宿泊地となった。
ゲルの中は、直径6メートルぐらいの円形スペースにベッドがあり、中央には、薪をくべて火をおこすタイプのストーブがあるだけだった。屋根から壁にかけては、羊の毛でつくられたフェルトで覆われていて、天井部分の窓から外光が入ってくる構造だ。一見、暖かそうに見えるが、9月のモンゴルは、早朝に真っ白な霜が降るほどで、朝晩の冷え込みはかなり厳しかった。

寒さをしのぐため、ストーブに火をおこす作業が毎日の日課で、実際にやってみると、20〜30分はかかる。細い木を集め、なるべく空気が入りやすい構造に薪を組んでも火が継続しない。新聞紙、トイレットペーパーなど、燃えるものを利用しても火がつくのは一瞬。いろいろと工夫することが楽しく思える時期もあったが、寒さが日々増してくるにつれ、この作業は苦痛へと変わった。火は、まめに薪をくべないと2時間ぐらいで消えてしまうため、取材を終えてゲルに戻ると、まず火をおこす作業。食事、就寝時も火を絶やさないように、薪に注意を払わなければならない。早朝は、あまりの寒さで目が覚めてしまうが、布団から抜け出す気力が起きない。いつまでも布団に入っていたい心境にかられた。また、洗濯機もなく、下着や靴下、衣服はすべて手洗い。風呂がないため、寒さに震えながらの水シャワーで体を洗った。

しかし、こんな大平原でも電源だけはあったので、携帯やパソコン、放送機器の充電は行えた。周りから聞こえてくる雑音は、馬や鳥の威勢のいい鳴き声だけの世界。ハイテク機器を駆使して取材活動をする一方、一生懸命、生きていくための原始的な日常生活を送るこのギャップ。
モンゴルでの取材は、人間としての原点を見つめ直す貴重な体験となった。

 

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