2007年の暮れ、パキスタンのブット元首相が暗殺され、急きょ現地入りした。事件から一夜明けた暗殺現場には、ブット元首相の支持者が集まり、抗議活動を行っていた。事件現場には、爆発の影響で飛び散ったガラスの破片や、警備担当者の帽子などが残されていた。これ以降、パキスタンの各地では、ブット元首相の暗殺をめぐって、ムシャラフ政権への不信感などから、暴動や抗議デモが相次いだ。
12月29日、暗殺事件があったラワルピンディでは、ブット氏の追悼集会のあと、参加者6,000人と治安当局が激しく衝突。
われわれが取材に行った現場では、群衆がタイヤを燃やし、鉄柵を踏み鳴らしながら、抗議デモを行っていた。その周辺は、炎と黒い煙に包まれ、いかにも危険な雰囲気が漂う異様な空間になっていた。カメラ取材に気づいた群衆は、意外なことに、われわれの方へ親しげに近づき、話しかけてきた。
その直後、警察が催涙弾を発砲。
その弾は、われわれのわずか1メートル横をかすめていった。撮影中、警察の発砲した弾道は、カメラのビューファー(ビューファインダー)でもしっかりと見えていたので、絶対に当たらないと確信できたが、真横を通過する弾の速さには正直驚き、体が勝手に反応して、気づけば一目散に走っていた。その場にいた群衆も、クモの子を散らすように逃げていったが、2発目、3発目の催涙弾が次々と飛んできているにもかかわらず、記者は現場の状況を冷静にレポート。
さすがプロ魂!...と、こんなことに感動したオレは、まだ素人...(苦笑)。
弾丸の中からは、気化した催涙剤が白い煙となって勢いよく噴き出し現場に立ちこめていた。催涙弾をこれだけの至近距離で見たのは初めての体験だ。
催涙弾は、一時的に視力障害を起こさせるものと認識していたが、実際に周辺の空気を吸い込んだだけで、のどの激しい痛みと軽い呼吸困難に襲われ、目にも激しい痛みがともない、涙があふれ出した。これほどまでに、痛みがともなうものとは思わなかった。
報道現場には、時として危険がともなうものだが、安全管理だけは、常々心がけている。実際、戦地訓練(安全管理について)を受けたことがあり、取材方法や機材、ロジ(スティクス)の準備などに役立っている。この取材を終えてから、VTRを巻き戻し、冷静に状況を振り返ってみた。発砲場所から、自分の位置までは約400メートル。2秒後には、弾が自分の位置に到達している。つまり時速720kmのスピードで飛んできたことになる。しかし、撮影中のこの2秒間は、かなり長い時間に感じられた。実際に“あれっ、何か飛んできた? でも避けられる”と思ったぐらいだ。しかし、プロ野球のピッチャーが投げる球を時速150kmと考えると、それよりもはるかに速く、とても避けられるスピードではない。弾は1バウンドして、バイクに乗っている者の横をスレスレで通過。さらに鉄柵の上を通過。どこかに当たっていれば、弾道は、確実に変わって自分に当たっていた可能性もある。警察の発砲は予期せぬ出来事だったとはいえ、警察側から見れば、わたしが持っていたカメラが武器にさえ見えたかもしれない。この取材は、紛争地帯における危険性を初めて体感したものだった。パキスタンの情勢が1日も早く安定することを願ってやまない。