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2004年12月に発生したスマトラ沖地震と、それにともなう巨大津波で、マレーシアのペナン島でも、50人以上が亡くなりました。 そのペナン島で、Jリーグを解雇された日本人サッカープレーヤーが大活躍し、地元の人に勇気を与えています。 マレーシアプロリーグ初の日本人プレーヤーが、地元ペナンのサポーターの心をつかんでいます。 伊藤 壇さんは29歳。東南アジアで、セリエAの中田英寿選手の次に有名な日本人プレーヤーだといいます。 Jリーグのベガルタ仙台を6年前に解雇された伊藤さんは、その後、単身アジアに渡り、シンガポール、香港など5カ国のプロチームで中心選手として活躍し、香港では地元のメディアに「サッカー界の『キムタク』」と紹介されるなど、プレー以外でも話題になりました。 そして、津波がペナンを襲った2004年12月、マレーシア・ペナン島のチームと契約し、ペナンにやってきました。 伊藤さんは「何でも1人でやってみようと思って。今は道場破りみたいな、インターネットで電話番号を調べて、チームに電話をかけて、あとは練習に参加できたら...」とその時の様子を話しました。 伊藤さんは、1月のシーズン開幕からチームの大黒柱として活躍し、そのダイナミックなプレーから名付けられた「ミスター・ツナミ」というニックネームはすぐに評判となりました。 サポーターは「みんな『ツナミ』という日本語に怖いイメージがあったけど、そのあと日本人の伊藤選手がペナンに夢と希望を持ってきてくれた」などと話していました。 伊藤さんは「試合中とか、みんな『ツナミ』とか呼んでくれて」と語ります。 ペナンは、津波で死者を50人以上出し、復興は進んでいるが、そのつめ跡は今でも残されたままになっています。 伊藤さんは、津波の被害が激しかったペナン島のタンジュントコン地区で、子どもたちを励ますためのイベントに参加しました。 サポーターズクラブが企画したイベントに参加した伊藤さんは、ボールやスパイクを被災した村の子どもたちにプレゼントしました。 その後、自然と伊藤さんを中心にした輪ができました。 スパイクを持っている少年はわずかで、みなサンダル履きでした。 サイン会も盛り上がり、子どもたちから厳しい質問も飛び出しました。 子どもからの「いつ結婚を?」との問いに、伊藤さんは「お金がたまったら、結婚します」と苦笑いしながら話しました。 「子どもたちや津波で傷ついた町を勇気づけたい」と、伊藤さんはマレーシアのただ1人の日本人プレーヤーとしてフィールドを駆け回ります。 伊藤さんは「自分のでき1つでチームが変わってくるので、日本代表と同じ気持ちで僕もこっちでプレーしている」と語ります。 アジアを渡り歩いた伊藤さんは、開幕戦でいきなりゴールを決め、ペナンも現在リーグ2位と好調なスタートをしています。 伊藤さんは「自分にとっての一番の収穫は、いろいろな国に多くの友人ができたことだ」と話していました。