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スマトラ沖地震から1年の取材で、インドネシアのバンダアチェを訪れた。
アチェは、津波で最も大きな被害を受けた場所で、周辺でおよそ17万人が犠牲となった。
津波の被災地に足を運ぶと、壊れた家のガレキが撤去されただけで、見渡す限りの更地。
「この先も村があった」と地元の人に言われても想像すらできず、地面に残された家の基礎部分を見て初めて、そこに村があり、
人の営みがあったことが、かろうじて思いはかれた。
本当に、あまりのスケールの大きさにあぜんとするばかりで、あらためてテレビがこの災害の全ぼうを伝えきれていないことを痛感した。
1年を経た今も「復興」は遅々として進まず、いまだ20万人近くの人がテントやバラックで暮らしている。
バンダアチェ市内のテント村を取材した時には、ここで生活を続けている被災者に行政への不満をぶつけられた。
深刻な汚職に悩む当局が、各国から寄せられた義援金の使途をめぐって慎重になりすぎ、いまだ被災者救済のためにほとんど使われていないのが現状だ。
ただ、あのような厳しい環境の中でもタフに生きているアチェの被災者の姿は心強く感じられた。
取材は順調に進んだが、ここで問題だったのは、われわれの「宿」。
この時期は、各国から政府機関、NGO(非政府組織)、メディア関係者がアチェに集合したため、ホテルがとれず、「ゲストハウス」と呼ばれる一軒家(普通の民家)に宿泊した。
予想はしていたが、シャワーは「水」のみ。部屋には蚊の大群に、特大ゴキブリ、揚げ句の果てには「カエル!」までが登場。
追い出す気力もなく、時々このカエルと目をあわせながら一夜をともに過ごした。
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