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バリ島爆破テロから1年
あの日のことはよく覚えている。2002年10月12日、夏期休暇を取り、海辺のホテルでテレビをつけたとたん、強烈な映像が目に飛び込んできた。
崩れ落ちた建物、血まみれになって運ばれる人たち。瞬間的に中東の映像かと思ったが、良く見ると、警察官の服装がインドネシアの国家警察のものだった。
至急、東京の外信部と連絡を取ると、すでにFNNの取材団が現場のバリ島に向かっているという話だった。
結局、この爆破テロの犠牲者は202人に達し、インドネシアで起きた爆弾テロの中では、未曾有(みぞう)の被害だった。
亡くなったのは観光客のほか、客待ちをしていた運転手や近所の土産物屋の従業員など、ただそこに居合わせただけの人たちだった。

あのテロ事件から1年、現場周辺は様変わりしていた。爆発が起きたディスコは空き地となり、その正面にあった土産物屋は取り壊したうえで建て替えを行っている。ただ、現場に手向けられている花々と残された遺族の思いは事件直後と変わってはいない。

事件で亡くなった遺族の家庭を訪ねた。11歳のノニさんは、3人姉妹の長女。彼女の父親はタクシー運転手だった。 テロ現場の前で客待ちをしていて事故に遭った。まだ32歳だった。現在、母親は乳飲み子を抱えていて無職だ。生活は苦しく、わずかな額の義援金で一家は生活し、ノニさんは非営利団体からの奨学金で学校に通っている。勉強熱心な彼女は学校から帰ると、近所の子供が遊んでいるのを横目で見ながら机に向かう。彼女の家には電気が引かれていないのだ。日が暮れるまで黙々と勉強を続ける彼女の夢は学校の先生になること。「必ず夢はかなうよ」と声をかけたら、「お父さんもそう言っていつも励ましてくれたわ」と答えたあと、ノニさんの中で何かがはじけた。こらえていたものが一気に堰(せき)を切り、大きな流れとなって、ほおを駆け下りた。

あの凄惨(せいさん)なテロ事件から1年、犠牲者の遺族の深奥に刺さったトゲは今も傷を広げている。