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神崎 博
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| ■マレー鉄道の旅 |
「マレー鉄道」。名前は有名なのですが、マレーシアに駐在している日本人の中でも実際に乗った経験がある人は意外と少なく、一度乗ってみることにしました。
バンコクからシンガポールまで約2,000kmを車中2泊するのが本来の姿なのですが、そんなに休みが取れるわけではないので、途中乗車・途中下車で、少しだけ雰囲気を味わう「プチ・マレー鉄道の旅」を楽しむことにしました。わたしが乗車したのは、クアラルンプールから北にあるイポーという町まで。直線距離で200kmほどですが、鉄道だと3時間かかります。まず、クアラルンプール中央駅でチケットを購入。2種類あるうちのエアコンつきの指定席を購入。料金は600円ほどです。朝9時15分の列車に乗って、のんびりとイポーを目指します。
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車窓のアブラヤシ |
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イポー駅 |
車窓は、街以外はずっとアブラヤシ畑が続く単調な景色が続きますが、わたしが乗車した日は珍しく青空が広がる快晴で、青い空と緑のヤシ畑のコントラストが目にまぶしいほどでした。
イポー到着は正午すぎ。ちょうどランチタイムなので、腹ごしらえに、イポー名物の「モヤシとチキン」の店に向かいました。イポーはもともと、スズの鉱山がきっかけで開かれた街で、中国本土から鉱山労働者として多くの移民が住みつき、今でも中華系のマレーシア人の比率が高い街です。イポーで一番有名な店は、夜しか開いていないので、その隣の店に滑り込みました。さっそくモヤシとチキンを注文。ここイポーは、水がきれいなことで有名で、その水で育つモヤシが名物とされています。早速出てきたモヤシは日本のものより太く、食感はシャキシャキしていて、食べた途端、口の中には甘味が広がります。これが、うまい! モヤシがこんなに甘いとは知りませんでした。チキンはゆでた鶏肉をしょうゆベースのタレにつけたもので、お味はそこそこ。ただ地鶏のせいか、若干骨っぽくて、食べるところが少ないのが難点。それに、きしめんのような米粉の平打ちめん「クィティアオ」をすすりました。
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ホワイトコーヒー |
実は、帰りも鉄道で帰ろうと思っていたので、イポーに滞在できる時間は2時間半。市内をぐるっと1周し、もう1つの名物、「ホワイトコーヒー」の店へ。当地でコーヒーを頼むと、よく「ホワイトはブラックか?」と聞かれることがあります。「ブラック」は文字通りなのですが、「ホワイト」とは砂糖・ミルク入りのコーヒーで、見た目が白い? ので、このように呼ばれています。特にミルクとして、劇甘の練乳をいれるのが、こちらのスタイルです。日本人には甘すぎるかもしれませんが、甘党のわたしにはまったく問題ありません。普通の屋台式のレストランなので、ゆったりと午後のティータイムというわけにはいかず、さっさと飲み干し、すぐに駅へ向かいます。
帰りも3時間かけ、クアラルンプールに戻ってきたのは夕方6時前。往復6時間、現地2時間半の旅でしたが、鉄道と食事だけで満喫できました。
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| ■大阪の歩道橋をインドネシアへ |
日本では、足の不自由な高齢者が利用しにくいなどの理由で、道路に架かる歩道橋が都市部を中心に撤去されています。ただ、撤去した歩道橋を捨ててしまうのは「もったいない」ということで、橋を必要としている海外に送って再利用してもらおうという大阪府の取り組みを取材するため、インドネシアのジョクジャカルタへ飛びました。
ジョクジャカルタは、2006年5月に大きな地震に見舞われた場所で、5,000人余りの人が亡くなりました。わたしも被災地を駆け回り、被害や救援活動などを取材した場所です。現地に着いた翌日が、ちょうど移設した歩道橋の完成記念式典の日でした。日本で40年以上使われてきた歩道橋は、インドネシアで川に架かる「橋」として再デビューを果たしました。
実はもともと、この場所には、別の橋が架かっていたそうですが大雨で流され、それ以来地元の人は川を歩いて渡っていました。ただ雨で増水しているときは、危ないので渡ることはできませんでした。地元の人たちの困っている姿を、たまたま国際協力機構(JICA)に派遣されていた大阪府の職員が見かけ、この場所に撤去された歩道橋を架けることになりました。日本で企業や個人から約1,000万円の寄付を集め、無償で提供することができました。
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完成した歩道橋 |
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ほとんど日本での姿をとどめる |
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完成式典テープカット |
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完成を祝う住民 |
担当者は、苦労した点の1つとして、現地と日本の慣習の違い、特に約束を紙で交わすという慣習があまりないので、通関のトラブルなどにも備えて協定書のようなものをつくるのに1年半もかかったとことを挙げていました。しかし実際には、無償援助にもかかわらず税関で歩道橋はストップし、協定書があっても、出てくるまで3週間もかかってしまいました。
苦労して移設を完了した歩道橋。地元の人たちからは「橋ができたおかげでより早くなって、便利になった」、「雨が降って、川の水かさが増しても対岸の洗濯場で洗濯できるようになった」など喜びの声にあふれていました。大阪府の担当者は、「こちらの人は素直に喜んでくれる。物を大事に使ってくれる。苦労しがいがあると思います」と話していました。長さ20メートルにも満たない短い橋ですが、これを利用する現地の人たちには、毎日の生活にかけがえのない橋となりました。この小さな橋が、大阪とインドネシアの人たちをつなぐ心の架け橋にもなったようです。大阪府では、現地の受け入れ態勢が整えば、同じように撤去する18の歩道橋を順番に現地に設置したいとしています。
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