浅田真央引退会見「何も悔いはない」

04/12 12:26
現役引退表明をしたフィギュアスケートの浅田真央選手(26)が12日午前、記者会見を行った。浅田選手は、「気持ちも体も、自分の気力も、もう全部出し切ったので、今は挑戦して、何も悔いはないです」などと語った。

(2日前、ブログで引退を発表して、あらためて今は、どんな心境)
まず本当に、きょう、この場に立った時に、入ってきた時に、本当にこれだけのたくさんの方がいらしてくださっていたので、私自身、ちょっとびっくりしたんですけど、今、ちょっと落ち着いてます。

(いろんな人から、引退のあとに言葉をかけられたと思うが、印象に残った言葉はあった)
発表してからは、本当にたくさんの方が連絡をくださったんですけれども、皆さん、「本当にお疲れさま」っていう言葉をかけてくださったので、わたし自身も、「ああ、なんか選手生活終わるんだな」っていう気持ちになりました。

(親しい人への報告は、どのような形で)
少し前ですけど、家族だったり、友達に報告しました。

(何か印象に残る言葉は)
もうみんな、「お疲れさま」って、「よく頑張ったね」って言ってくれました。

(どのぐらいの時期から引退を考えた)
わたしは、復帰してから、いい形でスタートできたんですけれども、やっぱり、そこから練習をするにつれて、試合に出るにつれて、やっぱり、今のスケート界の時代はすごいので、わたし自身も「ついていけるのか」という思いが強くなったり、あとはやっぱり、気持ちだったり、体の部分で、復帰前よりも、少しつらいことの方が多くなりました。
なんとか1シーズンは乗り切れたんですけれども、2シーズン目からは、なんとかなんとか頑張ろうという思いだけでやってきました。
でも、最後の全日本選手権で、ああ、もうなんだろう、「もういいんじゃないかな」っていうふうに思えました。

(全日本選手権から、今まで3カ月近くあったが、その間はどんな思いだった)
自分が復帰してからずっと掲げてきた、平昌(ピョンチャン)オリンピックに出るっていう目標があったので、わたし自身、そこで自分で言ってしまったこと、自分が目標をやり遂げなきゃいけないと思っていたので、その自分の言ってしまったこととの葛藤は、ずっとありました。

(全日本選手権がきっかけになったということだが、時期的には、いつごろ決心した)
本当に全日本終わって、全て結果が出た時に、「ああ、もう終わったんだな」というふうには思いました。
でも、日がたつにつれて、自分が言ってしまったことっていうのは、今まで最後までやり通してきたので、やらなきゃいけないんじゃないかなという思いの方が強くて、ここまで延びてしまいました。

(平昌オリンピックへの思いもあったと思うが、それを上回るくらいの達成感があったということ)
そうですね、わたしは、ソチオリンピックが終わってから、最高の形で終えることができたんですけど、やはり、自分の体も、まだまだできますし、自分の気持ちとしても、まだまだやれるっていう思いがあったので、復帰しました。
でも、自分が実際挑戦してみて、もう気持ちも体も、自分の気力も、もう全部出し切ったので、今は挑戦して、何も悔いはないです。

(最後の大会になった全日本選手権で、トリプルアクセルに挑んだ。その全日本選手権の最後、挑んだ気持ちも含めて振り返って)
最後になるのかなっていう気持ちは、ソチオリンピックの世界選手権ほどではなかったですけど、でも最後、トリプルアクセルを挑戦して終えられたことは、自分らしかったかなというふうには思います。

(現役生活を振り返って、初めてスケート靴を履いた日のことは覚えている)
わたしは覚えてないんですけど、5歳だったので。
でもヘルメットをかぶって、スキーウエアを着て、ひじ当て、ひざ当てをしてたのは写真に残っているので、覚えてます。

(それから二十数年間、スケートをやってきて一番楽しかったことは)
やっぱり、ちっちゃいころに、フィギュアスケートって、いくつも技があると思うんですけど、その技ができるようになった時っていうのは、本当に楽しい気持ちで、じゃあ、次、2回転飛びたい、次、3回転飛びたいっていう、そういう思いが、すごく楽しかったですね。

(つらかった部分というのは、今、どう受け止めている)
つらかったことは、そんなになくて、この道を選んできたのも自分ですし、自分がやりたいって思って、望んでやってきた道なので、つらいと思ったことはありません。

(2回のオリンピックを振り返って、銀メダルを手にしたバンクーバーオリンピックの思い出は)
バンクーバーは、19歳だったんですけど、10代で若くて、本当に気が強くて、本当に、その強い気持ちだけで乗り越えてきたなっていう感じがします。

(4年後のソチオリンピックでは、すばらしいフリーで、国民に感動を与えてくれた。ソチオリンピックを振り返って)
ソチオリンピックは、やはりショートが残念な結果だったので、本当に気持ち的には、すごくつらい試合ではあったんですけど、フリーでああいう形で、最高の演技で終えることができて、あの気持ちの状態から、バンクーバーからソチの、その4年間の思いを全てその4分間に注ぎ込めたと思っています。

(2度のオリンピックの経験というのは、どんな経験になった)
わたしの今後の人生においても、すごくいい経験だったり、いい思い出だったのかなというふうに思います。

(そして3回の世界選手権優勝、これは日本人最多となる。印象に残っていることや大会は)
2回、世界選手権で金メダルとった時は、全てオリンピックのあとの世界選手権だったので、オリンピックの悔しさというのを、その世界選手権で晴らせた大会だったかなというふうには思うんですけど、わたし、最後の世界選手権が、一応、自分の気持ちの中では最後って思って臨んだ試合だったので、すごく今までのスケート人生を全てそのプログラムにぶつけた試合だったので、やっぱり最後の世界選手権が、一番思い入れは強い試合でした。

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