熊本地震「1年の変化」 復興は...

04/13 22:13
最大震度7を観測した熊本地震から、14日で1年。
熊本・益城町、秋津川の両岸には、大きな土のうが詰まれています。
一連の熊本地震では、多くの堤防が被害を受けました。
2016年、梅雨の時期には、この近くを流れる木山川が決壊し、水田などが水に漬かる被害も出ました。
これから、大規模な工事が予定されています。
熊本地震からまもなく1年、伊藤利尋キャスターが被災地の今を取材しました。

熊本の復興のシンボル、熊本城。
その天守閣の最上部に突き出た鉄骨は12日、復旧工事の足場を組むために設置された、長さ18メートルの作業用の部材。
いよいよ、熊本城復旧への動きが本格化している。
最大震度7を観測した熊本地震から14日で1年。
被災地域には、今も地震の爪痕が残されている。
熊本市南区には、地震直後の2016年4月25日にも取材した、豆腐店「赤星とうふ」がある。
液状化により、1年たった今も、建物全体が沈み込んだままとなっている。
赤星とうふの赤星 美恵子さん(64)は「60cmくらい下がってますからね。ジャッキアップしたいんですけど、2,000万円近くかかる。そういうお金ありませんから」と話した。
さらに伊藤キャスターは、震度7を2回観測した、益城町の惣領地区へと向かった。
秋津川沿いの住宅街を最初に取材したのは、2016年4月15日、1回目の震度7に見舞われた翌日のこと。
電柱によって、住宅1階の壁が崩れ、中が見える状態となっていたが、建物は、かろうじて原形を保っていた。
ところが、2回目の震度7を観測したあとの4月21日、同じ場所を訪ねると、1階部分は完全につぶれ、塀も崩れてしまっていた。
そして、1年がたった2017年4月8日、この場所を訪れると、住宅はすでに撤去され、小さなプレハブ小屋が設置されているのみとなっていた。
ただ、折れた電柱はまだ、同じ場所にあった。
大地震から1年、その町並みは、大きく変化していた。
ドローンで撮影した最初の震度7直後の益城町の様子を見ると、緑色の屋根の家とその横の道路は、当時、倒壊した家屋のがれきなどが道路をふさいでいた。
この時から1年がたった今、解体工事やがれきの撤去が進んだうえ、整地もなされ、緑の屋根の家の周囲には、更地が広がっていた。
2度目の震度7の直後、家屋の横の道路はがれきで埋まり、歩くのも困難な状況だったが、13日に訪れると、道路を一部ふさいでいたがれきが全て撤去され、今は更地になっていた。
益城町では、損壊した家屋の解体作業が、4月5日までにおよそ68%完了。
町の復興に向けた作業が続けられている。 (テレビ熊本)

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