熊本地震1年 「観光復興」の戦い

04/14 21:09
地震から1年を迎えた熊本。西原村は、1年前、本震で震度7の揺れに見舞われました。そして隣の益城町では、震度7の揺れが2回、大きな被害が出ました。
また、1年たって見えてきた課題も少なくありません。
観光分野への復興のスピードも、気になるところです。
温泉を失った温泉街、観光客が途絶えた天空の道路、その1年を追いました。

1年前の4月16日、車中泊の車が校庭を埋め、多くの住民が身を寄せていた熊本市内の中学校は14日朝、静かな朝を迎えた。
犠牲者に捧げられた祈り。
14日、熊本地震から1年を迎えた。
熊本県庁で行われた、熊本地震犠牲者追悼式。
安倍首相は「被災地の復興を実践するため、引き続き政府一丸となって、全力で取り組んでまいります」と述べた。
追悼式典のため、熊本入りした安倍首相は、復興のシンボル、熊本城を視察。
その天守閣では14日、復旧に向けて、作業が始まっていた。
最大震度7を2回観測した大地震。
その大きな爪痕は、1年がたった今も、深く刻まれたまま。
阿蘇市の外輪山を通る「ラピュタの道」。
雲海が辺りを覆うと、道路が天空に浮かび上がる幻想的なスポットだった。
ところが地震後は、大きく崩れた土砂が道路を寸断、鮮やかな緑の木々も、崩れ落ちてしまった。
しかし、主要な道路の復旧がまだ完了しておらず、ラピュタの道の復旧まではめどが立っていない。
一方、外輪山の麓の温泉街では、一時は、旅館の温泉が出ない事態になったが、温泉のお湯も戻り、観光客も徐々に戻りつつあるようだった。
阿蘇市の内牧温泉に、創業64年の老舗旅館「蘇山郷(そざんきょう)」がある。
この旅館は、1年前、地震により、地下で何らかの異変が起き、温泉が止まってしまっていた。
あれから1年、お風呂はどうなっているのか。
蘇山郷3代目館主・永田祐介さんは「(1年前、お湯が出ないときに取材したが?)突然、ポンって来られたのを覚えています」と話した。
源泉かけ流し温泉は、復活していた。
地震後、20軒の温泉施設のうち15軒で、温泉が止まるなどの異変が起きた内牧温泉。
多くは休業を余儀なくされる中、いち早く温泉の再掘削に乗り出したのが永田さんだった。
地殻変動にくわしい九州大学の辻 健教授が調査を行った結果、直径およそ2kmの内牧温泉が、地震後、北西に1.5メートルほどずれていることが判明。
さらに、枯れてしまった複数の井戸にカメラを入れ、異変が地下何メートルのポイントで起きているかを探ったところ、深さ50メートル地点で、地層が水平に滑り、温泉をくみ上げるパイプが破損したり、変形していることがわかったという。
つまり、地層が横滑りしただけで、源泉そのものが枯れたわけではないということ。
永田さんも再掘削を行った結果、前と同じ地下150メートルから、待望の温泉が湧き出した。
周囲でも続々と新たな温泉が湧き、旅館が営業を再開。
旅行客も徐々に増え、週末の内牧温泉には活気が戻ってきた。
観光客は、「(どこから?)きょうは宮崎から来ました。復旧してよかったですね」、「(どこから?)北九州から。熊本に来たかったからです」などと話した。
こうして国内の旅行者は8割が戻ったというが、外国人観光客の数は、まだ以前の半数ほど。
その課題について、蘇山郷3代目館主・永田さんは「やっぱり外国人のお客様ほど、公共交通機関を利用するので」と話した。
熊本市内から内牧温泉に入るルートとなる、JR豊肥本線や国道57号線の一部区間は、依然、復旧のめどが立たない状態。
本当の意味での温泉街復活には、道路などの交通インフラの完全復旧が求められている。

内牧温泉は、温泉自体は復活を遂げたが、利用客を取り戻すために、国道の復旧を急いでほしいという声が多くある。
被災地では、幹線道路など10カ所以上が、現在も通行止めとなっている。
県道28号線も、今なお通行止めの場所。
工事のために足場が組まれているが、復旧のめどは立っていないという。
また、2016年4月に土砂崩れが発生した山は、現在は、規模が拡大している。
今後、コンクリートで固める工事を施すが、その費用は17億円という。
インフラ、あるいは宅地の整備、生活再建に向けて、大きな課題の1つといえる。 (テレビ熊本)

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