午後9時26分...犠牲者にささげる祈り

04/15 01:21
竹灯籠に込められた鎮魂の思い。
1年前の午後9時26分、震度7の地震に襲われた熊本・益城町は14日夜、静かな祈りに包まれた。
益城町の被災者は「助かったわたしたちが、復興していかないといけないと思う」と話した。
222人の犠牲者にささげられた祈り。
避難生活で母親を亡くした、遺族代表・冨永 真由美さんは「少しでも前を向いて、元気に歩き出すことは、亡くなった方々の望みではないでしょうか」と話した。
満開の桜に彩られた、復興のシンボル・熊本城。
14日も、復旧作業が行われていた。
訪れた市民は、「本震の2時間後に(子どもが)生まれた」、「この子がすくすく育ってくれるのが、一番ありがたいですね」などと話した。
熊本に激しい雨が降った10日、ある大学生を訪ねた。
熊本大学で建築を学ぶ、澤田拓巳さん(21)。
地震発生時の様子を撮影し、インターネットで配信していた澤田さん。
2016年4月16日、「マンションに戻ってきました。中央の部屋から水が漏れていて、タイルが全部剥がれている状態です」などと話していた。
その時の心境を、「もしかしたら、これが最後かもしれないという状況もふまえて、カメラを回していました」などと語っていた。
熊本地震から1年。
当時、澤田さんが撮影した場所を、あらためて一緒に訪ねてみた。
澤田さんは「ここらへんまで、がれきが来ていた」と話した。
熊本城の東側にある熊本大神宮。
当時、崩れ落ちた柱などは回収され、がれきも撤去。
崩れた石垣は、ネットで覆われていた。
また、ガラスが割れた家電量販店があった大通り。
澤田さんは「当時は全部、天井が落ちていました。今はきれいになっていますね。こういう量販店とかデパートは、復興は結構早かった」と話した。
日常を取り戻しつつある町。
澤田さんには、この日、どうしても見ておきたい場所があった。
澤田さんは「(地震直後に)復興活動とかにも参加していたんですけど、そのあとは、全く行けていない状態」と話した。
被害が最も大きかった益城町。
澤田さんは「結構、まだまだ崩れたままですね」と話した。
目の前に広がっていたのは、がれきが取り払われたあとに残された、さら地だった。
澤田さんは「なんか生々しいですね。こういうのを見ると、まだまだ復興は進んでいないんじゃないかな」と話した。
言葉をなくす、澤田さん。
そして、何かを思い出したように駆け出した。
車に戻り、手にしていたのは、ビデオカメラ。
澤田さんは「周りを見渡すと、ほとんど家が残っていないですね。さら地に変わってしまっています」と話した。
リポートしながら、夢中で撮り続けた。
澤田さんは、「自分の中で、衝撃がすごかったので。今、この感情の時に撮らないと」、「こういう実態を、じかに配信したりしていくことで、まだまだ復興に力が必要というのが伝わるかなと」などと話した。
熊本県内では、今なお4万7,000人を超える人々が、仮設住宅での生活を余儀なくされている。
地震から1年、復興に向けた歩みは、これからも続く。 (テレビ熊本)

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