野中広務元長官死去 戦争を経験、平和訴え

01/26 19:29
小渕内閣の官房長官や自民党幹事長などを務めた、野中広務元衆議院議員が亡くなった。92歳だった。
野中広務元官房長官は「戦争が、どれだけ大きな犠牲と傷痕を残してきたか、もう一度歴史を学んでほしい」と述べていた。
1925年、京都府に生まれ、戦争体験者として平和を訴える自民党ハト派の重鎮として活動してきた野中氏。
57歳と遅咲きで、衆議院議員に初当選すると、1994年には、村山内閣の自治相兼国家公安委員長に就任。
その後、橋本政権が新進党と連携し、沖縄のアメリカ軍基地に関する特別措置法を可決させた際の本会議では、委員長としての異例の発言が物議を醸した。
1997年の衆院本会議では、野中元官房長官は「再び国会の審議が、どうぞ、大政翼賛会のような形にならないように、若い皆さんにお願いをして、私の報告を終わります」と述べていた。
こうした鋭い舌鋒(ぜっぽう)から、「政界のスナイパー」として存在感を増し、小渕内閣では、官房長官に就任。
野中元官房長官は「誠心誠意、努力していきたいと思いますので、よろしくお願いします」と述べていた。
一時、「悪魔」と批判していた小沢一郎氏率いる自由党に「ひれ伏してでも」と連立を要請し、公明党との連立も実現させて、「影の総理」とも称された。
その後の森政権では、自民党幹事長に就任し、いわゆる「加藤の乱」では、切り崩しに奔走し、乱を収束させた。
しかし、郵政民営化を掲げる小泉内閣が誕生すると、抵抗勢力のドンとみなされ、影響力が低下し、2003年に小泉氏支持に転じた派閥幹部を「毒まんじゅうを食べた」と批判し、政界を引退した。
野中元官房長官は、引退会見で「ポスト目当てに動く人と一緒にやれるかは、仲間の皆さんがお決めになること」と述べていた。
引退後は、集団的自衛権の容認に、反対の立場を鮮明にして活動。
野中元官房長官は「憲法問題やその解釈、この国はどこへ行くのか」と述べていた。
安倍内閣をけん制するなど、積極的に発言を続けてきたが、2017年11月に、地元・京都で倒れ、入院生活を続けてきた。

みんなの意見を見る

公式Facebook 番組からのメッセージ

FNN
FNNスピーク
みんなのニュース