ヤクルト・青木宣親 古巣復帰の真実

02/07 01:31
メジャーから7年ぶりに東京ヤクルトスワローズに復帰。キャンプ入りする青木宣親選手(36)に、独占取材した。
6日午後5時、会見で「2018年から、また古巣のヤクルトでプレーすることを決断しました。とにかく今は、ヤクルトを優勝させることしか考えていないです」と語った青木選手。
この会見の前日、キャンプ地へ向かう直前、彼は、今の本音を語ってくれた。

(お疲れですか?)
青木選手「もうバタバタで」
(契約してからですか?)
青木選手「そう。午前中に契約が終わって来た」
(きょう、ハンコを押した?)
青木選手「ハンコを押した。さっき、さっき」
(ハンコを押すと実感が湧く?)
青木選手「いや、まだちょっと実感は湧かない。やっぱりユニホームを着て、野球をやっている時(に感じる)かな」

7球団を渡り歩きながら、結果を残してきた青木選手。
2018年も、メジャー10球団近くが興味を示していた中で、なぜ、古巣復帰を決断したのか。
そこには、7年たった今も消えることのない、ある思いが。
青木選手「いつか日本に帰って、やってみたいっていう気持ちは思ってはいたので、そんな中で、アメリカでやってみたいっていう両方の気持ちがあって。まあ、そのはざまで、いつもオフシーズンになると、所属先を探していたので。(アメリカのFA)市場の遅さがきっかけで、これは日本に戻るしかないなと思った」と話した。
このオフのメジャーリーグは、まさに異常事態。
実績のある日本人選手たちも、いまだ、所属先が決まっていない。
そんな中、日本のキャンプイン直前に、青木選手は古巣復帰を決断した。
なぜ、ヤクルトだったのか。
青木選手は「2011年に優勝しそうだったんですけどね」と話した。
2011年のヤクルトは、4月から首位を快走。
2位に最大で10ゲーム差をつけ、優勝はほぼ間違いないと思われていた。
しかし、終盤にまさかの大失速。
優勝は、その手からこぼれ落ちた。
青木選手は「最後の最後で負けて。で、次の年に、メジャー挑戦だったので。やっぱりなんかこう、心に引っかかるものはありましたよね、あの時に。自分の中で、アメリカでやりたいという気持ちは、もちろん昔から持っていたわけで。その気持ちに対して、正直に動きたかったですし。そんな中で、やっぱり、ギリギリのところで優勝を逃してしまったっていう、悔しい思いもありつつ。実際、ヤクルトに対してうしろめたいっていうか、そういう気持ちも実際ありました」と話した。
7年前に優勝を逃した責任を、今でも感じている青木選手。
青木選手は「心残りでしたね。だからこそ、優勝したいと思うし、このチームで。しかも去年、96敗してね。本当に、もう『これからどうなるんだろう』というような状況にはなったわけですから。そんな中で、あらためて『帰ってきてほしい』というふうに言われた時には、やっぱり『今かな...』って、そういう気持ちになりました」と話した。
また、「日本でもアメリカでも、野球をやるうえで大切なことは何か」聞くと、青木選手は「『自分はできる』と思い続けることかな。『自分を信じること』が、すごく大事だと思います。だって自信を持っていても、自信は失くすからね。『これでもか』ってくらい自信持っていた方がいいよね、たぶん。ちょっと勘違いするくらいのやつの方がいいんじゃない?」と答えた。
球団史上最低の成績に終わったヤクルトの復活を信じて、36歳・青木宣親選手の新たな挑戦が幕を開ける。

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